窓から差し込む朝日のまぶしさで目が覚めた。
昨晩の訓練兵団男子宿舎では、新たに考案されたカードゲームが結構な盛り上がりを見せた。白熱した対戦は夜更けまで続き、結局参加したメンツの大半は自分の寝床に戻らず、狭苦しいスペースの中そのまま折り重なったり蹴飛ばしあったりしながら皆で雑魚寝をしたのだった。肩に乗っている誰かの脚をよけながら体を起こすと、俺の腹を枕にして寝ていたエレンもつられて目を覚ました。
「よう、起きたか」
「…………あぁ」
エレンは覚醒しきらない声音で生返事をかえし、枕がわりにしていた俺の腹に手をつくようにして上体を起こす。しかしその体勢のまま、自分の手のあたりをハタと見つめて動こうとしないので、どうかしたのかと声をかけた。
「なぁ、ライナー……どうやって鍛えたらここまで育つんだ?」
エレンは俺の体躯と自分のものとを交互に見比べては眉間にシワを寄せて「やっぱり鍛え方がおかしいのか?」「同じ課目のはずなのに…」「そもそも骨格が…」などとブツブツ考えこんでいる。
「そう拗ねるなよ。お前だって毎日欠かさず鍛練してるんだから、頑張ったぶんだけ成果は出るさ」
落ち込んで丸くなっている背中を片手で軽く叩いて慰める。「ほら、悩むヒマがあるなら自主トレでもしようぜ」と、寝グセがつきっぱなしの黒い髪をワシワシと掻きまわす。エレンは不服そうな顔で嘆息したが「それもそうだ」と考えを切り替えたようだった。
まぶたを開けると、軍の敷地内にある救護室の天井が広がっていた。先の戦いで負った傷が回復するまで病棟で療養していたことを徐々に思い出した。
昔の──あの島で過ごしていた頃の記憶が夢に現れた。そういう日の目覚めはいつも以上に最低な心持ちになる。他愛のない日々さえも己への嫌悪感にまみれて重くのしかかり酷く息が詰まった。
肺の内に淀んだ空気を吐き出そうとして、みぞおち付近に違和感を覚えた。
視線を向けた先、黒い髪の頭が自分の胸の上で寝息を立てているのが目に入り心臓が跳ね上がるほど驚いた。
警鐘を鳴らすように鼓動が頭の中にまで響く。いるはずがないとわかっているのに、不思議と自分は目の前の男が誰なのかを知っている。
身体を弾ませた震動で俺が目を覚ましたことに気づいたのか、胸の上で微睡んでいた黒髪の主が「ん……」と眠そうな声を漏らしながら、気だるい動きでゆっくりと頭をもたげて上体を起こす。パサリと垂れ下がる長い髪の隙間から、獲物を前にした猛獣のような鋭い瞳が覗いて思わず背筋が凍る。
「なぁ、ライナー」
エレン、どうしてここに、と声を出そうにも喉が引き攣れて口がはくはくと開閉するだけでうまく発声ができない。気づけば全身はおろか指先ひとつさえ動かせず、ただ眼前の人物に視線を向けることしかできなかった。
当のエレンは俺の狼狽を気にとめる様子もなく、おもむろに自分の掌を俺の腹の上に這わせた。ちょうど心臓の真上に来たあたりでわずかに力を込めて指の先を沈めてくる。このままえぐり獲られるのではないかと恐怖した矢先、エレンはうつむきながら「随分と……やつれちまったな」と、惜しむようにつぶやいた。
叫び出す直前で勢いまかせに飛び起きた。混乱しきった頭であたりを見まわす。軍本部にあてがわれた自室のベッドの上、息を切らしてわななく自分の他には誰もいなかった。
今度こそ現実なのだろうか。どこからどこまでが夢だったのか、もはや判然としない。やけに生々しい感触も胸元に残っている気がして、早鐘を打つ心臓をなだめるように深い呼吸を繰り返した。全身から噴き出している嫌な汗が寝間着にまとわりついては外気に当たって冷えていく。
ふと、隙間風が吹いていることに気づいてベッド脇に目を向けるといつのまにか窓が開いていた。はためくカーテンが凪ぐと、文机の上に一匹の黒い猫が姿を現した。
どこから侵入してきたのかわからないその黒猫は長いしっぽをゆらめかせ、前足を揃えて静かに佇んでいる。呆然と硬直している俺をしばし眺め、やがて大きくあくびをしたのち身をひるがえして窓の外へと去っていった。
「待っ──」
いくら身軽とはいえここから地面までは結構な高さがあったはずだ。慌てて後を追い、窓の外に身を乗り出した。しかし、すでに黒猫の姿はどこにもなかった。足の力が抜けてずるずると床に座り込み、放心するように長い息を吐きだす。
夢なら醒めてほしいと切に願ったが、それが叶うことはついぞなかった。
<了>